建築人を豊かにすることを目指すA-magazineが、建築設計に携わる人びとが建築設計のどのような点に働く喜びを見出しているのかをシリーズで紹介する”建築設計と働く喜び”。第10回は、東京工芸大学で教鞭を執る建築家の香月歩さんに寄稿していただきました。設計の実務も経験し、現在は大学で研究・教育に取り組まれている香月さん。研究と設計の間にどのようなつながりを見出しているのでしょうか。
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研究と設計のあいだで建築を考える
私は大学で建築意匠の研究室を主宰しながら研究・教育に取り組んでいます。
建築意匠、つまり建築デザインの分野でどんなことを研究するのか。研究は設計にどのようにつながるのか。建築を学ぶ学生、あるいは建築を学んできた人のなかにも、なかなか想像しづらいと感じる人がいるかもしれません。ここでは、私自身の研究と設計の経験を通して、その関係についてお話ししたいと思います。
メディアに表れる建築・都市のイメージ
私は、建築や都市のイメージに関する研究、特に建築や都市がメディアのなかでどのように表象されているのかを研究しています。
建築は自由に移動できないため、実際にその場所を体験できる人は限られています。一方で、私たちは行ったことのない建築や都市についても、写真や映像、雑誌、インターネットなどを通して何となく知っています。つまりメディアは、建築や都市について人びとに共有されるイメージをつくる重要な役割を担っています。
たとえば私が研究の対象としているメディアのひとつに自治体の観光パンフレットがあります。観光パンフレットには、観光スポットや特産品、祭りなど、地域の魅力が選び取られて掲載されています。そこには、地域が「こう見てほしい」と考えるイメージが表れています。メディアは情報を伝えるだけでなく、何を見せ、何を見せないかを選択するものでもあります。その意味で、観光パンフレットを読み解くことは、地域がどのように自らの魅力を捉え、演出しようとしているのかを考えることにつながります。
建築家にとってのメディアという創造の場
建築におけるメディアには、もうひとつの側面があります。
建築の書籍や展覧会、写真、ドローイングなどは、建築家が作品や思想を社会に伝える大切な場です。そこでは、完成した建築を紹介するだけでなく、建築家自身の考え方や世界観を表現するための工夫が凝らされています。つまり、メディアには建築のもうひとつの創造の場が広がっているのです。
歴史を振り返ると、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された「インターナショナル・スタイル」展や「建築家なしの建築」展のように、建築界の動向に大きな影響を与えた展覧会や書籍があります。日本でも、磯崎新や篠原一男など、建築の図面や言説といったメディア表現に創造力を注いだ建築家を挙げることができます。建築は実現された建物だけでなく、メディアを介して社会に伝わり、議論され、影響を広げていくものでもあるのです。
メディアとサイトを行き来する
こうしたメディア研究を軸にしながら、近年は実際の都市を対象サイトとした調査や設計教育にも取り組んでいます。
そのひとつが、中国・上海郊外にある新場古鎮(しんじょうこちん)での調査です。古鎮とは、歴史的な街並みが残る小規模な町のことで、中国では近年、国内観光の高まりとともに多くの人が訪れるようになっています。

新場古鎮の町並み(筆者撮影)
新場古鎮は、周辺の古鎮と比べると観光開発がまだ穏やかで、街を歩くと、道端で野菜を売る人や、路地に干された洗濯物など、ローカルな暮らしがあちこちに残っています。その一方で、観光資源として注目されるなかで、今後大きく変化していく可能性もあります。そこで、現在の新場の姿を記録し、どのように未来へ継承していけるのかを、中国の大学の研究者の協力も得ながら調査しています。
この研究では、建築意匠だけでなく建築史や都市計画の研究者との共同チームで調査を進めています。そのため、民家や外部空間の実測、住民へのヒアリング、観光メディアの分析など、さまざまな調査方法を展開しています。また、そこで得られた知見をもとに、学生の設計ワークショップや卒業設計といった設計教育の敷地としても活用しました。言葉も文化も異なる場所を対象に設計することは簡単ではありませんが、学生たちは調査を通して場所を読み解き、それぞれの提案へとつなげていきました。
私自身にとっても、これまで取り組んできたメディア研究と、実際の敷地での調査・設計教育がつながったことは、とても刺激的な経験でした。ひとつの地域を対象に、研究と設計が重なり合う学びのフィールドを実践することができたと感じています。
研究と設計との関係
こうした経験をふまえると、意匠分野の研究と設計は、決して別々のものではないと感じます。
私自身、個人で設計に携わることもありますが、設計を行う際には、敷地周辺の地形や法規、街の雰囲気、地域のコミュニティ、社会的な動向や歴史的背景など、さまざまなことを調べます。大学での研究は、こうした設計の土台となるリサーチを、より深く、専門的に掘り下げる行為だと言えるかもしれません。そこには新しい知を生み出すという専門的な意味があります。しかし学生にとっては、それだけでなく、世界を相対化し、建築を少し引いた視点から考える力を身につけることにも意味があると思います。
研究に取り組むなかでは、自分のテーマが建築の何に役立つのか、時に見えにくくなることもあります。それでも、問いを立て、資料を集め、分析方法を考え、成果を可視化し、考察する。そのプロセスで得られる思考の方法は、社会に出て建築を実現していく上で、大きな武器になるはずです。
建築と社会との関係を大きく捉える視点と、メディアやサイトを丁寧に読み解く視点。その双方を行き来しながら、これからの建築を考えていきたいと思っています。
(企画・編集:ロンロ・ボナペティ)
1986年 福岡県生まれ
2009年 東京工業大学(現・東京科学大学)建築学科卒業
2009-2010年 パリ・ラヴィレット建築大学
2012年 東京工業大学大学院 修士課程修了
2017年 東京工業大学大学院 博士課程修了 / 博士(工学)
2018-2024年 東京工業大学建築学系 助教
2022年-2025年 法政大学 兼任講師
2024年- 東京工芸大学工学部 准教授