人生の指針となるようなインタビューや、スキマ時間にお楽しみいただけるコラムを紹介します。

コラム

2025.06.30

人生を豊かにする建築の見方──第1回 建築を見る楽しさとは?水谷 元

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建築人を豊かにすることを目指すA-magazineでは、建築の見方を学ぶ連載をスタートします。案内人は、福岡を拠点に全国で活動する建築家の水谷元(みずたに・はじめ)さん。都市計画家で建築家の父をもち、都市計画事務所での勤務経験もある水谷さんは、細部の納まりから都市との関係まで広い視野をもって建築の設計に取り組んできました。本連載では、「建築を楽しめるようになると人生が豊かになる」と語る水谷さんに、専門知識がなくても楽しめる建築の見方をご紹介いただきます。第1回では導入として、建築を見る楽しさについてお聞きしたインタビューをお届けします。

 

 

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──建築は本来、実用的な目的のためにつくられるものだと思います。それを見て楽しむことに対して、どのように捉えていますか?

 

実用のためのものであると同時に、建築には総合芸術としての側面があります。ある目標に向かって皆が創作意欲をもって取り組んだ結果として完成した創作物という点では、映画などと変わりありません。また建築に身を置くことで感じ取れる空間体験には、ほかでは得られない感動があります。人が寝起きするだけであれば牢獄のような空間でも良いわけですが、誰もそれを望まないですよね。そう考えると建築には創造性が不可欠なのだと思います。同時に、社会的な産物として見ることも重要です。建築は誰かに求められることで初めて創造されるものです。そこにはこの社会で生きる人間としての欲求が反映されており、その時々の社会課題に対して建築を通した解決策を提示してきた歴史があります。

 

──建築は社会を映す鏡だと言われたりもしますね。

 

例えば地球にある資源を使ってつくるからには材料を無駄にするわけにはいかない、といった考え方は、持続可能なものが求められる現代社会の状況を反映しています。ある建築をつくるにあたっては、様々な要望が交錯するので建築家にはその舵取りを行う方位磁針のような役割が求められます。社会が複雑化するにつれて、建築家も課題解決に追われている状況がありますが、本来は建築家が先回りして社会に模範を示したり、まだ誰も気がついていない問題に目を向けさせたりする役割を担ってもよいのかなという気もしています。

 

──設計のプロと、そうでない人とで、建築の見え方はどのような違いがあるのでしょうか。

 

大きく2つの点で違いがあると考えています。建築を構成する要素の1つ1つには、必ずなぜそうなっているのか、根拠があるわけです。建物全体の構成といった大きなところから、床の仕上げなど細かな部分まで、すべてに理由があるのですが、それらを類推するための知識をもっているということがひとつ。もうひとつは、現場を見てわからなかった部分をわかるまで探求する姿勢をもっているということです。僕は良い建築に出会うと、じっくり観察しながらスケッチをして、デザインの意図を予測するようにしています。後日、書籍や雑誌で見に行った建築についての説明を読んで答え合わせをするのですが、自分の予測が合っていると非常に嬉しいですね。誰しも漫画や小説など、いろいろなコンテンツを楽しんでいると思いますが、建築も同じように楽しむことができるようになるはずです。

 

──全てに根拠があると思うと、見え方が変わってきそうですね。

 

ええ、その視点をもつだけで、専門知識がなくても建築を楽しむことができるようになると思います。建築を見て、なぜそのような形になっているのかを掘り下げていくと、居心地の悪さや違和感を覚えることも出てきます。その時に自分だったらどうするかと考えることは、自分が生活する基盤としての建築や街に対して興味をもち、当事者意識をもって関わることにも通じていきますそうした姿勢で日常の空間と関わることは、そのまま人生を豊かにしてくれると考えています。

 

──建築が好きになると、旅の目的地も増えますよね。

 

そうですね、建築を通してその社会を知ることも建築を見る大きな喜びのひとつです。建築はそれが建てられた時代や地域の文化や風土を反映していますから。例えばヨーロッパのゴシック教会を見るとき、多くの人はその美しさに圧倒されるだけで終わってしまうと思うのですが、歴史的背景を少し知るとまた違った側面が見えてきます。当時の教会建築はカトリック教会が権力を掌握していた時代に、市民に対して神の存在を感じさせる空間を意図してつくられたものであって、非常に権威主義的なものなんですよね。でも今の時代にその背景を知らずに訪れた人たちが、美しい、まるで神がいるようだと感じるということは、カトリック教会の術中にはまっていると見ることもできる。このようにちょっとした前提知識をもっているだけでいろいろな楽しみ方ができるのが、建築の奥深さだと思います。

 

──建築設計の実務との関係では、建築を見ることはどのようなものとして考えていますか。

 

どのようなプロジェクトであっても、必ずなにか新しい課題に直面するのが、建築設計の特徴なのではないかと思います。それは建物全体の形であったり、細かなディテールであったりするわけですが、その時にこれまで見てきた建築の中から解決のヒントを探していきます。もちろん全く同じ課題に向き合っている事例が見つかるわけではなく、この考え方は応用できそう、というように、自分が抱えている課題を突破するきっかけを探すイメージです。具体的な参照元になる場合もあれば、長年いろいろな建築を見るうちに、体に染み込むように気がついたら影響を受けていた、ということもありますね。

 

──最後に、今回の連載でどのようなことを書いていくのか、簡単にご紹介いただけますか。

 

建築を作品として見るためのヒントになる考え方について書いていく予定です。次回(第2回)は「空間を味わう」をテーマに、建築ならではの動きながら感じる空間のシークエンスの魅力と、それがどのように形づくられているのかをご紹介します。第3回、「じっくり見る」では材料の選び方や接合部の納まりなど、空間を決定づける細部の考え方について。第4回「建築のまわり」では、クライアントの要望や法規、敷地周辺の環境といった建築をつくるうえでの前提となる様々な条件との関係について、第5回「時間の中の建築」では一歩進んで、建築の歴史について触れてみたいと思います。いずれの回も、そうした考え方や知識を知ることが、なぜ建築をより楽しむことにつながるのかもお伝えするつもりです。最終回では建築の世界をより楽しむための書籍をご紹介します。連載ではカバーしきれない建築の奥深い魅力に挑戦してもらえるよう、入門書から少し発展的に学ぶための本までおすすめをまとめました。この連載を通して、建築の面白さの一端でもお伝えできたら嬉しいですね。

 

(企画・文:ロンロ・ボナペティ)

 

水谷元(みずたに・はじめ)

 

1981年兵庫県神戸市生まれ/福岡県福岡市の能古島育ち/九州産業大学にて森岡侑士に師事し、2004年に中退/2011年よりatelierHUGE主宰、2020年より水谷元建築都市設計室/著書に『現在知 Vol.1 郊外その危機と再生』(共著:NHK出版)、『地方で建築を仕事にする』(共著:学芸出版)、『臨海住宅地の誕生』(編集協力:新建築社)、日本建築学会2018年-2019年『建築雑誌』編集委員、九州大学『都市建築コロキウム』2020年前期非常勤講師

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